自分にお金を使えないのは「心の拒食」かもしれない|過食と拒食はお金にも起きる

Tall glass filled with sparkling lemon drink, ice cubes, lemon slices, and mint sprig 心のケア
A tall glass of sparkling lemon beverage garnished with fresh mint.

「また一番安いものを選んでしまった」「自分にお金をかけるのが怖い」

それは節約上手なのではなく、心が「私にはもったいない」と叫んでいるサインかもしれません。

前回の記事では、浪費と過食が同じ構造を持つ「お金の過食」について書きました。今回はその逆、「お金の拒食」についてお話しします。


浪費の反動で、今度はお金が使えなくなった

私には長年の摂食障害があります。過食、嘔吐、拒食、そしてまた過食。このサイクルにどっぷり飲み込まれていた時期がありました。

拒食期は本当にきつかった。隣の人が咳をすれば即、風邪をもらう。立ちくらみは日常。免疫力がとことん落ちて、体がどんどん弱くなりました。

でも振り返ると、「お金」でもまったく同じことをしていたと気づいたのは、つい最近のことでした。

浪費していた時期の反動で、今度は極端にお金を使えなくなった。ドラッグストアで100円の差を気にして棚の前で何分も立ち尽くす。美容院を先延ばしにする。服はもう何年も買っていない。

「自分にお金をかける価値がない」と、どこかで思っていました。


お金だけじゃない。「受け取れない」という拒食

それだけではありません。人からの好意も受け取れなかった。

褒められても「いやいや、そんなことないです」と反射的に返す。何かをもらうと「お返ししなきゃ」と焦る。「ありがとう」より先に「すみません」が出る。

受け取ること=借りを作ること。そう刷り込まれていたのです。

今思えば、これは育った家庭環境の影響が大きい。何でも与えられる代わりに、自分の意思で選ぶことは許されなかった。「もらう側」はいつも「言うことを聞く側」だった。

だから大人になっても、受け取ることが怖かった。受け取ったら、自分を差し出さなきゃいけない気がしたから。


過食と拒食、根っこは同じだった

過食が「足りない」の叫びなら、拒食は「私にはいらない」の叫びです。

お金の過食は「すごい自分を買う」行為だった。お金の拒食は「自分には価値がないから使わない」行為だった。

どちらも根っこは同じ。自分の価値を自分で決められていない状態です。


一杯のレモンソーダが変えたこと

変わり始めたのは、本当に小さな出来事でした。

ある日、外出先で喉がカラカラになった。自販機もスーパーも周りにない。仕方なくチェーン店のカフェに入りました。

メニューを開く。目が自動的に一番安いものを探す。いつもの癖。

でもその日、酷く喉が渇いていた。理性より本能が上回っていました。私が指差したのは、季節限定のレモンソーダ。一番安いメニューより300円も高い。

一気に飲んだ瞬間、ふっと力が抜けました。

——私は、何と戦っているんだろう。

体の拒食も、お金の拒食も。ずっと自分に「ダメ」と言い続けていただけじゃないか。あの一杯で、初めて自分を客観視できた気がしました。


自分にお金を使えないあなたへ

自分にお金を使うことは、贅沢ではありません。「私はこれを受け取っていい」と自分に許可を出すことです。

だからあなたも、ほんの小さなことでいい。自分に許可を出してみてほしい。

自販機じゃなくてカフェに入ってみる。一番安いものじゃなくて、本当に飲みたいものを選んでみる。

たったそれだけのことが、「私にはその価値がある」という小さな宣言になります。

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