子育てから「仕事」に逃げる親と愛情不足の代償

心のケア

子どもが問題行動を起こすとき、それは “心のSOS” かもしれません。

「働いてる姿を見せるのが教育」って本当?

【仕事という“大義名分”】

「自分が一生懸命働いてる姿を見せることが教育だ」

そう語る親は少なくありません。でも、それって本当に“教育”でしょうか?

家庭がうまくいかなくなったとき、親は「仕事」に逃げたくなります。

浮気やギャンブルと違って、仕事なら「家族のため」と言い訳できる。

でも実際は、子どもと向き合うことのしんどさから目をそらしているだけ──そんなケースも少なくありません。

もちろん、働く姿自体が悪いわけじゃありません。

でもそれは、“子育ての代わり”にはならないのです。

• 「子どものために働いてる」「頑張っている」という言い訳をして

• 実際は、ご飯はスーパーの惣菜、掃除も適当、会話もゼロ

【子どもが求めていた“心を向けてくれる親”】

• 一緒にご飯を食べること

• 朝起きたときに「おはよう」と言ってくれること

• つらいときに「何があった?」と話を聞いてくれ、話すタイミングが日常にあること

• 解決に向けて一緒に悩んでくれること

その “当たり前” が、子どもにとっては何よりも成長に必要でした

でも、親が「働いてる姿が教育だ」と言って距離を取れば取るほど、

子どもは「見捨てられた」と感じていくのです。

• そばにいない=見捨てられている感覚

• 何かあっても相談できない不安

• 親の機嫌や疲れを伺って育つ「顔色読み子ども」(他人受けだけはいい子供に多い)

【放っておかれた子どもの行き着く先】

ある家庭では、大晦日も元旦も関係なく、朝から晩まで働き詰めの親がいました。

「冷蔵庫に惣菜あるから」「家事はせんでいい」(火事や事故につながる可能性回避のため)──

子どもはいつも一人。話しかけても、疲れた顔の親はイライラしている

その結果──

• 学校や仕事をサボるようになり

• 夜中までゲーム漬け、SNS依存

• 家事を一切できず

• 「病気かも」と言って親の関心を引こうとする

子供の普段の平熱やお腹の調子も気分の傾向も知らない親は病院へ。内科や心療内科に連れて行けば診断名がつき、薬は出される。

“関心を引きたい”という心の叫びだったのに、

気づけば、薬を飲み続け、本当に無気力で動けない「病気の人」になってしまった。

親が気づいたときにはもう、何十年も無職。

部屋から出られない中年の「子ども部屋おじさん」になっていたのです。

【自立できない大人の根っこには】

• 怒られない=関心を持たれてない

• 教えてもらってないから「生活力」が育たない

• 愛情不足から依存先を転々とする

子どもがそうなったとき、

「なんでこんな子に育ったんやろう」って言う親がいます。

でも──

それって子どもだけの責任ですか?

【相談できる親である勇気】

子どもが欲しかったのは、真正面から向き合ってくれる親。

「どうしたん?」「何か手伝えることある?」と声をかけてくれる人。

• 「起きなさい」だけじゃなく、一緒に起きる方法を考えてくれる人

• 「部屋を片づけなさい」でなく、やり方を一緒に教えてくれる人

• 「いつもと違うよ?」と、目を見て気持ちを聞いてくれる人

そんな親に、子どもは救われるんです。

🎬ドラマと現実の違い

ドラマでは、親の背中を見て改心する不良がいます。
でも、現実は違います。あれはフィクションです。

現実には、そこに対話や、信頼関係がなかったら、ただの無関心で終わる

親が無言で働いてるだけでは伝わらないし
子どもが思いやりや想像力を持ってる前提があっての話。
仕事してる親を見て学べ」は
ただの自己満足の逃げ道です

“働く姿が教育”になるには

  • なんのために働くかを子どもと共有しながら
  • 家庭の中での役割や分担を考えて
  • 親の働きと子どもの生活がちゃんと“つながって”る

この3つがそろって初めて、教育になる。

最後に、完璧じゃなくていい、でも「逃げない親」であってほしい

「今さら向き合ったって遅い」

「何もわかってないくせに!」って、反発されるかもしれません。

それでも、逃げないで。子供はもう傷つきたくないから試すのです。

子どもの叫びを無視しないで。

その痛みに耳を傾ける勇気を持ってほしい。

親だって、やり直せます。

そして、子どもは──

「変わろう」とする親の姿 を見て、

心を動かす瞬間があるのです。


本記事は筆者の経験および事例に基づいて構成されています。すべての家庭に当てはまるものではありません。必要に応じて専門機関や支援機関の活用をおすすめします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました