【7話:はじまりのカフェ、夢と現実のあいだで】

摂食障害連載小説

「よし、ここに決めよう。」

サトミのお父さんが紹介してくれた物件は、上がアパート、一階が店舗。
よく通る通りに面し、近くには私立の一貫校と大きな教会。
ほどよい広さと立地に、私は「ここならきっといける」と胸を高鳴らせた。

子どもたちと一緒にいられる地域。
家族の時間も守れる働き方。
そのために選んだはずの開業だった。

けれど、、、、。
「家賃」「材料費」「人件費」「利益」…現実の数字には目を向けていなかった。
理想だけを信じて、突っ走っていた。

店の名前は「カナリアキッチン」


サトミが描いてくれた優しいイラスト入りの看板。
アンティーク調の店内に、手作りのベジバーガーとスープ、オーガニックコーヒー。
私の“夢”が、ぎゅっと詰まった空間だった。

「さあ、ここから新しい人生が始まる」

そう信じて迎えた開店初日。
けれど、思ったようにはいかなかった。

お客さんはまばら。


来てくれた人にも、うまく料理を出せず、心の中で「ごめんなさい」とつぶやき続けた。
流れるように回らない厨房、手が追いつかないオーダー。
思い描いた“やりがい”とは裏腹に、ただただ追い詰められていく感覚。

数日が過ぎても、常連はつかず、
私立のママたちも、教会の関係者も、どこか遠い存在のまま。

ある日、近所の知人がぽつりと教えてくれた。

「私立に通わせてるお母さんたちって、実は節約してるしね。
ビーガンとかオーガニックとか、入りづらいのよ。」

——はっとした。

私は“こうありたい自分”を店に込めていたけれど、
“誰かに求められる場所”をつくる努力はしていなかったのかもしれない。

それでも私は、あきらめたくなかった。
夜な夜な手描きのポップを描き直し、メニューも一新し、
子どもを寝かせたあと、ひとりでチラシを配って歩いた。

でも、現実は、怖いほど静かに、私を追いつめてきた。

「このままじゃ、うちは持たない」

“母としての働き方”を変えるために始めたはずだったのに、
疲れ切った私の背中を見て、子どもたちは何を思っただろう。

笑顔を守りたくて始めたことが、
家族の心に、影を落とし始めていた。

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