私は3度離婚した 最終話

摂食障害連載小説


三度目の離婚を終えた。
一人に、なった。
でも、今度の「一人」は、これまでと、違っていた。
かつての私は、一人になるのが、怖かった。

誰かに、選ばれていないと、自分が、消えてしまう気がした。
だから、渇きに、急かされるように、次の誰かを、探した。
でも、今は——
誰も、いない部屋で、私は、静かに、息を、している。
怖くない。
ここに、私がいる。
それでいい。

昼は、働く。
夜は、文章を書く。
疲れて、帰る夜は、今でも、
冷蔵庫を開けて、甘いものに手が伸びそうになる。

でも、そんな時、私は、自分に、言う。

「ああ、今日は、そういう日なんだ。」

ただ、認める。
深呼吸をして お湯を沸かす。
お気に入りのマグカップに、紅茶を注ぎ、ハチミツを一さじ垂らす。
そして、ノートを、開く。

かつて
私は、過食嘔吐という、儀式で、夜を、やり過ごしていた。
テレビの音で自分を、誤魔化し、食べて、吐いて、その日を忘れる。
過食と嘔吐で疲れ果てないと眠れなかった。
でも、あの、暗い窓ガラスに、映った、自分を、見た夜から。
私は、もう、誤魔化すのを、やめた。

代わりに、私は、書くように、なった。
今日の出来事を、一行だけ。

でも、一行だったはずの言葉は、二行、三行と、あふれていった。
胸の中に、ずっと、しまい込んでいた、言葉たち。
「寂しかった。」
「怖かった。」
「本当は、こう、言いたかった。」
一度も、口に、できなかった言葉が、ペン先から、静かに、流れ出していく。

書くことは、私にとって、新しい、薬に、なった。
過食嘔吐は、感情を、飲み込んで、吐き出して、なかったことにする、行為だった。
でも、書くことは、逆だった。
感情を、ちゃんと、見て。
言葉にして。
残していく。
気がつくと、食べることしか、見えなかった夜は、少しずつ、減っていた。
衝動が、消えたわけじゃ、ない。
でも、
衝動を受け流すことができることが多くなった。
かつて、サトミと、語り合った、あの言葉を、思い出す。
「”治る”は、もう、戻らないこと。”終わる”は、もう、あの儀式が、人生の中心じゃ、なくなること。」
私は、確かに、「終わる」のほうへ、向かっていた。

三度の結婚と、離婚。
カフェの、失敗。
たくさんの、間違い。
私は、何度も、転んだ。
何度も、間違った場所に、手を、伸ばした。
でも、
一度だって、その場に、うずくまったまま、では、いなかった。
家を、出た。
資格を、取った。
子どもを、育てた。
店を、開いて、閉じた。
そのたびに、私は、立ち上がって、また、一歩、前に、進んだ。
前に進むこと、だけは、やめなかった。
だから、今、ここに、たどり着けた。
誰かに、選ばれなくても。
誰かの、隣の席じゃ、なくても。
私には、私の、居場所が、ある。
このノートの、前が。
言葉を、綴る、この時間が。
生まれて初めて、私は、「自分のために」、生きていた。

そんな、ある日。
スマートフォンが、鳴った。
「これ、どう?」
サトミからだった。
添えられていたのは、一枚の、イラスト。
うずくまる女性の、背中に、そっと、光が、差している。
そんな、やわらかい絵だった。
私と、サトミは、二人で、小さな発信を、始めていた。
サトミが、絵を、描く。
私が、言葉を、書く。

摂食障害や、生きづらさを、抱えた人に、向けて。
かつての、私たちのような、誰かに、向けて。

拒食を、生きてきた、サトミの絵。
過食を、生きてきた、私の、言葉。
二人とも、まだ、完全に「治った」わけじゃ、ない。
でも、「終わる」ほうへ、向かいながら、その道のりを、作品に、変えていた。

「この絵、すごくいい。この子の背中、あの頃の、私たちみたい。」
そう、返信すると、すぐに、既読が、ついた。
「でしょ? 文章、任せるね。」
私は、その絵を、しばらく、見つめた。
そして、言葉が、自然と、あふれてきた。

   「下を向いたまま描いた未来を、
   今度はこの目で確かめに行こう。
   光の差す方へ、自分を信じて。」

かつて、カフェの、メニューを、二人で、作った日を、思い出す。
あの時は、小さな店の、一枚の、看板だった。
今、私たちの、共作は、画面の向こうの、顔も知らない、たくさんの人に、届いていく。
「いいね。これで、いこう。」
私は、サトミの絵と、私の言葉を、並べて、投稿ボタンを、押した。

しばらくすると、通知音が、鳴った。
一つ、また、一つと、コメントが、ついていく。
「私も、同じ。」
「実は今、過食中です。」
「この絵と、言葉、ピッタリです。」
 ああ、、、、、。
私は、画面を、見つめたまま、しばらく、動けなかった。
画面の向こうに確かに、いる。
あの頃の、私と、同じ夜を過ごしている、誰かが。
その人に、今、この絵と言葉が、届いている。

高校時代、
痩せ細って、教室の隅に、いたサトミに。
私は、たった一通の手紙を書いた。
「明日、学校に、来てよ。」
返事なんて、期待していなかった。
ただ、私は、自分の信じたことを、一つやっただけだった。
その、一通の手紙が種となり。
二人で、育て続けて。
何十年もの、時を越えて。
今、こうして、見知らぬ誰かの心に、届いている。

私は、もう、誰かに選ばれるために、生きてはいない。
今は、私は、誰かへ、手紙を書いている。
支配され、鎖に、繋がれ、それでも、前に、進もうとしている、どこかの、誰かへ。

大丈夫。
あなたにも、必ず居場所は、ある。

その言葉を、届けるために。
私は、今夜も、ノートを、開く。

もう、ゾウの鎖は、どこにもなかった。

窓の外を、見上げる。
昔、この同じ空に向かって、初めて、白い息を、吐いた日を、思い出す。
親の家を、出た、あの、冬の朝。
あの時、私は、たった一歩を、踏み出した。
あれから、何度も、転びながら、私は、ここまで、歩いてきた。

私は、ゆっくりと、息を、吸い込んだ。
そして、次の、一行を、書き始めた。

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