次の日、私はサトミと彼女のお父さんの会社を訪ねた。
地元では、誰もが知っている、不動産会社。
重厚な応接室に通され、ソファに腰を下ろした私の前に、お茶が、出された。
「サトミの友達か。よく来たね」
サトミのお父さんは、低い声で、そう言った。
商売人らしい、鋭い目をしていた。
六十代後半。
たくさんの社員を、長年、抱えてきた人の、独特の重みがあった。
私は、用意してきたメモを、広げた。
お弁当屋さんを、始めたいこと。
ひとりで、回せる規模で、 資金は、最小限で。
そこまで話したところで、お父さんが、ふっと、笑った。
「お弁当屋?」
「はい」
「お弁当屋じゃ、サトミの絵がもったいないだろう」
その時、サトミが、隣で、目を輝かせていた。
「お父さん、私、看板も描くから。 メニューも、イラスト入りにしたいの」
「うん。それなら、ちゃんとした店じゃないとな」
サトミのお父さんが、私の方を見た。
「カフェにしないか?」
「えっ」
「お弁当屋だと、立ち寄る客しか来ない。 カフェなら、長く居てもらえる。 サトミの絵を、ゆっくり見てもらえる場所のほうが、いい」
私の頭の中で、何かが、ぐるりと、動いた。
(カフェ?)
(お弁当屋さんじゃ、なくて、カフェができる?)
夢が、急に、大きくなる。
「いい物件がある」
お父さんは、立ち上がって、ファイルを取ってきた。
私立の一貫校と、大きな教会の近く。 よく通る通りに面した店舗。
「立地は、申し分ない。 家賃は、相場の七掛けで、いいよ」
「……えっ」
「サトミの友達なんだから」
私は、戸惑った。
「あの、保証金は」
「いらないよ」
「改装費が」
「うちから、融資する。 返済は、ゆっくりでいい」
「業者は」
「知り合いがいる。 紹介する。 うちの名前を出せば、いい仕事してくれるよ」
おかしいくらい、何もかも、簡単に、進んでいった。
私は、目の前で起きていることに、追いつけなかった。
「サトミの友達か。よく来たね」
その一言から、すべてが、転がるように、決まっていった。
サトミは、私の隣で、ずっと、笑顔だった。
メニューを、紙に描き始めた。
「ベジバーガーは?」
「スープは、毎日違うのににしようよ」
「コーヒーは、オーガニックで」
あの、痩せ細った高校時代の彼女が、いま、夢を語っている。
お父さんの目が、サトミを、見つめていた。
私は、まだ、気づいていなかった。
そのお父さんの目に、宿っていたのは、
「娘が、初めて、目を輝かせている」 という、
親としての、抑えきれない歓びだった。
二十年以上、家にこもり、人と会わずに、絵を描いてきた娘。
摂食障害を抱え、人生の半分を、部屋の中で過ごしてきた娘。
その娘が、いま、目の前で、笑っている。
その光を、消したくない。
だから、お金を、惜しまなかった。
私は、それに気が付かないまま、 すべての援助を、自分の運の良さだと、信じてしまった。
店の名前は、「ナチュラルキッチン」。
サトミが描く、優しいイラストの、看板。
アンティーク調の、店内。
手作りのベジバーガーと、スープ、オーガニックコーヒー。
私の”夢”が、ぎゅっと、詰まった空間に、なっていった。
「これは、私の夢だ」
オープン前夜、誰もいない店内で、私は、つぶやいた。
「私、本当に、できるんだ」
夫に縛られ、両親に支配され、過食嘔吐に逃げてきた私が、 いま、ひとつの店を、持っている。
私の人生にも、こんな日が、来るんだ。
胸が、高鳴った。
私は、知らなかった。
これが、借り物の成功だということを。
オープン初日。
開店時間の十分前から、店の前に、人は、いなかった。
十時、開店。
お客は、まばらだった。
来てくれた人にも、私は、うまく、料理を、出せなかった。
オーダーが、重なる。
コーヒーを淹れている間に、スープが、焦げる。
ベジバーガーを焼いている間に、コーヒーが、冷める。
(ごめんなさい) (ごめんなさい)
心の中で、何度も、頭を下げた。
流れるように、回らない厨房。 手が、追いつかない。
理想と、現実の落差に、私は、立ち尽くした。
夕方、私は、誰もいない店内で一人で、立っていた。
サトミが描いた、優しい看板。
オーガニックコーヒーの、いい香り。
なのに、何かが、決定的に、足りなかった。
私が、想像していた景色は、ここには、なかった。
その夜、子どもたちを寝かせたあと、私は、今日の売り上げを数えた
数字が、何も、合わなかった。
売上、家賃、原価、光熱費、仕入れ。
私は、何ひとつ、計算していなかった。 いや、計算する基礎すら知らなかった。
「私は、何を、知っているつもりだったんだろう」
雇われて、働いた経験。 子育てを、必死にこなしたこと。
それだけで、私は、社会を、知った気でいた。
ぜんぶ、半人前のまま、ここに、来てしまった。
その時
ふと、父の顔が、浮かんだ。
「女に学問はいらん」 「お前は俺の介護要員として産んだんだ」
あの言葉ばかり、覚えていた。
でも
父は、多くの社員を、抱える社長だった。
給料を払い、取引先と渡り合い、不景気の時期も、会社を、潰さずに、続けてきた人だった。
私は、それを、一度も、見ようとしてこなかった。
拒絶することに、必死だった。 逃げることに、必死だった。
父の中には、毒だけが、あったわけじゃ、なかった。
商人としての、知恵が、あった。 経営者としての、勘が、あった。
私が、今、生きていくために、本当に必要だったものが、たぶん、そこにあった。
でも、私は、ぜんぶ、捨てた。
父の一面しか、見ていなかった。
その一面が、あまりに痛かったから私は、
もう一つの面を見る勇気を持てなかった。
学べたものを、捨てていた。
それに気がついた時、私は、足元が、崩れるような、めまいに、襲われた。
「学ぶべきもの」から目を背けてきた。
その代償が、今、目の前の空っぽのレジに現れていた。
ダメージは、高いところから落ちる方が、痛い。
でも、本当に痛かったのは
落ちた高さよりも、
自分が、何も、見えていなかった、ことの方だった。


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