『ゾウの鎖』
私の足首には、見えない鎖が巻き付いている。
私の家は、外から見れば裕福な家庭だった。
広い家。
手入れされた庭。
高級車。
近所の人は言っていた。
「いいお家ね。」
けれど、その家の中に「愛」も「自由」も、「私」という人間も
存在していなかった。
父はワンマン経営の社長。
何十人もの部下を顎で使う人であり、家の中でも、その独裁者としての顔は変わらなかった。
食事の席で気に入らないことがあると、皿が飛んだ。
父が私に向ける言葉は決まっていた。
「女に学問はいらん。」
「お前は、俺の老後の面倒を見るために産ませた。」
冗談でも比喩でもなかった。
真顔で、何度もそう言われた。
母は父の影のような人だった。
父の機嫌が悪くなると、母は私に当たった。
「お父さんの言うとおりにしなさい!」
「私が殴られる!」
ガラスを引っかくような声で詰め寄り、私の肩を強くつかんだ。
その目に、愛情はなかった。
母にとって大切なのは、父の機嫌と、自分の生活を守ることだった。
兄は家業の跡取りとして、何をしても褒められた。
私は、そこにいなかった。
食卓には、確かに私の席はあった。
でも、誰の目にも映っていなかった。
あるのに、ない私の席。
私の未来には、たった一つだけ予約席があった。
老いた両親の、隣の席。
その席に座ることだけが、私がこの家にいていい条件だった。
大学へ行きたいと言うと
「女に大学はいらん。嫁に行き遅れる。」
父はそう言った。
短大だけは許された。
学ぶためではない。
父にとっては、「嫁入り前の箔」くらいの意味だったのだろう。
夢を語れば、父は「ふん」と鼻で笑った。
私は、ただ息をひそめて生きていた。
ある日、学校で「ゾウの鎖」の話を聞いた。
サーカスのゾウは、子ゾウの頃、細い鎖につながれる。
逃げようとしても切れない。
何度も何度も失敗する。
やがて子ゾウは諦める。
体が大きくなり、その鎖が簡単にちぎれるようになっても、
もう逃げようとしない。
「無理だ。」
そう信じているからだ。
私は、まさにそのゾウだった。
逆らったら生きていけない。
私は、そう信じていた。
だから鎖を切ろうともしなかった。
切れるかどうかを試そうともしなかった。
無理だと諦めた方が楽だった。
それでも、心は悲鳴を上げ続けていた。
行き場を失った苦しさは、少しずつ私の中に積もっていった。
人は、抱えきれなくなった苦しみから生き延びるために、何かを必要とするのかもしれない。
私にとって、それが過食嘔吐だった。
家族が寝静まった夜中、自分の部屋で狂ったように食べた。
割引シールの貼られた菓子パン。
プリン。
ゼリー。
チョコレート。
その強烈な甘さのあとには、決まって塩と油を求めた。
唐揚げ。
餃子。
ポテトチップス。
食べている間だけは、何も考えなくてよかった。
テレビは、いつもつけっぱなしだった。
ワイドショーでも、バラエティーでもよかった。
健康そうな人たちが、元気な声で笑っている。
その笑い声だけが、部屋に流れていた。
目を剥くような満腹感で、ようやく過食が終わる。
次は、
「吐かなきゃ……。」
カエルのように膨らんだお腹を抱え、よろよろとトイレへ向かう。
吐きやすくするために、水を飲めるだけ飲み、指を喉へ突っ込む。
もう片方の手をグーにして腹を押さえる。
吐くときは苦しい。
胃で膨らんだパンや鶏肉が喉をふさぎ、死ぬかもしれないと思ったことは
何度もあった。
恐怖でパニックにならないように、私は、ドアの隙間からのテレビの音に
意識を向けた。
画面の向こうでは、誰かが笑っている。
空気を読んで笑うタレント。
予定どおりに流れる笑い声。
その作られた笑いが、不思議と私を現実につなぎ止めた。
電波の向こうの、見知らぬ誰かの笑い声を、
私は命綱のように握りしめていた。
あの人たちは知らない。
今、トイレで、自分たちの笑い声を支えに、
胃の中身を吐き出している私がいることを。
最初に食べた欠片が便器に浮かんだ瞬間、
「ああ、今日も終わった。」
そう思えた。
吐ききったという、奇妙な達成感だった。
今ならわかる。
やせたかったわけじゃない。
「消えたい」と思うほど毎日が、つらかった。
でも、心のどこかで、そんな私を、誰かに見つけてほしかった。
やせ細れば、父は私を見るかもしれない。
「大丈夫か。」
その一言が欲しかった。
淡い期待を、捨てきれなかった。
そして、体重計の数字が減るたびに、
「私は頑張った。」
そんな気もしていた。
思いどおりにならない毎日の中で、
「これだけは、私が自分の力で動かした数字だ。」
そう思えた。
支配されきった私が、最後に握りしめた、小さな権力だった。
二十四歳になった。
ある日、父から、
「食事に行くぞ。」
とだけ言われた。
父の仕事関係の家族との食事会のようだった。
「はじめまして。」
話したのはそれだけだった。
家へ帰ると、父は当たり前のように言った。
「半年後に、あの息子と結婚だ。」
それは相談ではなく、決定だった。
私は親が決めた相手と結婚した。
親が選んだ夫。
親が建てた家。
支配される場所が変わっただけだった。
その夫は、たった一つの役割を果たした。
私は妊娠した。
恐怖しか湧かなかった。
こんな私が、母親になれるのだろうか。
その夜も、いつものように食べて吐こうとした。
グーにした拳で腹を押す。
その瞬間だった。
「やめてぇぇ!」
お腹の奥から、声が聞こえた気がした。
錯覚だったのかもしれない。
でも、私には確かに聞こえた。
「ごめん……。」
「ごめんね……。」
私は便器の前で崩れ落ちた。
声を殺して泣いた。
この時に初めて、お腹の中に命があることを実感した。
この子は、今、私の声を聞いているのだろうか。
どんな顔をしているのだろう。
会える日を想像すると、胸が少し温かくなった。
それでも、不安のほうが大きかった。
今まで繰り返してきた過食嘔吐で、この子に何か取り返しのつかない影響を与えてしまったのではないか。
私は、この子を育てていいのだろうか。
そんな思いばかりが、頭をよぎった。
でも、一つだけ確かなことがあった。
親の支配から出なければ、この子も、私と同じ鎖につながれてしまう。
それだけは、絶対に嫌だった。
私は、家を出ると決めた。
ゾウは、もう一頭のゾウを背負うことになったとき、初めて鎖を切ろうとするのかもしれない。
けれど、決めたからといって、急に強くなれたわけではなかった。
働かなければ、この子を育てられない。
でも、何をすればいいのか分からなかった。
それまでの私は、自分の人生を、選んだことが一度もなかった。
進学も。
結婚も。
住む場所も。
全部、親が決めた。
だから、自分で選ぶことが怖かった。
それでも、この子を育てるには働かなければならない。
私にできる仕事は、何だろう。
その答えを探すように、本屋へ向かった。
資格の参考書が並んでいた。
何冊も手に取っては戻す。
何度も棚の前を行ったり来たりした。
「できるわけがない。」
そう思った瞬間、胸の奥で聞き慣れた声がした。
「女に学問はいらん。」
父が、何度も何度も、私に言い続けた言葉だった。
いつしか父の声は、私の声になっていた。
それでも私は、一冊の参考書を選び、レジへ持って行った。
たった一冊の本を買うだけなのに、悪いことをしているような気がした。
レジでお金を払い、参考書を受け取る。
その瞬間、ふと思った。
この一冊は、父が選んだものでもない。
誰かに渡されたものでもない。
私が、自分で選んだ一冊なんだ。
家へ帰ると、誰にも見つからないようにクローゼットの奥へ隠した。
参考書なのに、まるで犯罪の証拠を隠すようだった。
夜、夫が寝静まると、机に向かった。
参考書を開く。
一行読んでは止まり、また読み返す。
わからない言葉だらけだった。
意味を調べながら、少しずつ読み進めていく。
文字は目で追っているのに、頭に入ってこない。
胸の奥では、
「無理だ。」
「無駄だ。」
そんな声ばかりが響いていた。
私は、参考書より先に、その声と戦わなければならなかった。
問題が解けると、うれしかった。
知らなかったことを知ると、楽しかった。
父の価値観だけが、世界のすべてではなかった。
解けるたびに、父の声は少しずつ遠ざかっていった。
私は、この子のためだけではなく、
本当は、心のどこかで、ずっと学びたかった。
資格が欲しかったわけじゃない。
家の外の世界を、自分の足で歩いてみたかった。
知らない景色を見て、
知らない人と出会い、
私は私として、生きてみたかった。
もう、自分からあきらめたくなかった。
数年が過ぎ、
合格発表の日。
何度も深呼吸をした。
受験番号を入力する。
「検索」を押す指が震えた。
画面に映った二文字。
「合格」
その瞬間、全身の力が抜けた。
気づけば涙があふれていた。
うれしかったのは、資格を手にしたことだけではなかった。
初めて、自分にも未来があると思えたことだった。
「女に学問はいらん。」
長い間、私を縛り続けてきた父の言葉が、その日、
「合格」の二文字の前で、初めて力を失った。
けれど、資格があれば、すぐに働けるわけではなかった。
小さな子どもを抱えた私を雇ってくれる会社は、
なかなか見つからなかった。
何度も不採用の通知が届いた。
それでも、
「もう無理だ。」とは思わなかった。
次。
また次。
私の目は、もう次の応募先だけを見ていた。
ようやく一社から採用の連絡をもらったとき、
胸の奥で何かがほどけた。
これで、息子と生きていける。
そう思えたとき、
もう父の許可はいらないと思った。
離婚届をテーブルに置いたとき、不思議なくらい私は落ち着いていた。
夫は黙って離婚届を見つめた。
少しの沈黙のあと、何も言わずに名前を書いた。
引き止められると思っていた。
怒鳴られると思っていた。
でも、何もなかった。
もともと、彼には主義も主張もなかったのだろう。
私が人生を懸けて出した答えにも、静かに判を押しただけだった。
あまりにも、あっけなかった。
離婚届を鞄に入れ、家を出た。
次は、父だ。
実家が近づくほど、足が重くなる。
何度も引き返したくなった。
それでも、一歩ずつ玄関へ向かった。
父は激怒した。
机を叩き、怒鳴り、私を殴った。
母は泣きながら叫んだ。
「裏切り者!」
その言葉を聞いても、不思議と涙は出なかった。
悲しいというより、
「ああ、やっぱりね。」
そう思った。
でも、心のどこかでは、期待していた。
「今まで苦しかったんだな。」
「気づいてやれなくて悪かった。」
たった一言でよかった。
今さらでもいい。
私という人間を、見ようとしてほしかった。
でも、その言葉は最後まで聞けなかった。
私は娘ではなかった。
両親の人生を完成させるための歯車だった。
父と母が思い描いた人生から、一つの歯車が外れただけだった。
それでいい。
そう思えた。
実家をあとにし、夫と暮らした家へ戻った。
夫はいなかった。
私は荷物をまとめた。
こっそり貯めていたお金と、最低限の身の回りのものだけを持った。
思い出の写真も、卒業証書も、結婚指輪も置いていった。
抱きかかえた息子だけは、離さなかった。
玄関の扉を開ける。
振り返らなかった。
振り返れば、また鎖につながれてしまう気がした。
家を出た瞬間、凍るような冬の空気が頬を刺した。
鼻の奥が、つんと痛んだ。
私は空を見上げた。
「すうぅーー。」
冷たい空気を、胸いっぱいに吸い込む。
「はぁぁーー。」
白い息が、ゆっくり空へほどけていった。
こんなに深く呼吸ができたのは、生まれて初めてだった。
空気にも、味があるんだ。
私は、自分の足で最初の一歩を踏み出した。
シングルマザーとして、私は息子を育てた。
朝、小学一年生の息子を送り出し、会社へ向かう。
仕事を終えると急いでスーパーに行き、
夕食を作り、洗濯をして、宿題を見て、お風呂に入れる。
寝かしつけが終わるころには、私も布団へ倒れ込んでいた。
毎日が必死だった。
会社では誰よりも働いた。
息子を連れて家を出たのは、私だ。
この子を不自由させるわけにはいかない。
仕事を失うわけにはいかなかった。
だから、誰よりも役に立とうとした。
給料も増やしたかった。
息子が将来、お金を理由に夢を諦めなくて済むようにしたかった。
誕生日には欲しいものを買ってあげたい。
好きなおかずを並べたい。
「おいしい!」
その笑顔が見たかった。
だから私は働いた。
最初は、息子のためだった。
けれど、働くうちに、私はそこで、自分が必要とされる感覚を知った。
会社は、私にとって初めて「努力が返ってくる場所」だった。
任される仕事が少しずつ増えていった。
「助かったよ。」
そう声をかけてもらえることが、うれしかった。
失敗すれば叱られた。
でも、次の日もまた、
「これ、お願い。」と仕事を任せてもらえた。
家庭では、どれだけ頑張っても認められることはなかった。
だから私は、働くことがうれしかった。
初めて名刺を受け取った日。
自分の名前が印刷された一枚を、何度も見返した。
初めての給料明細。
金額よりも、自分の名前が書かれていることがうれしかった。
これは父のお金ではない。
夫のお金でもない。
私が働いて得たお金だった。
同僚とランチへ行けば、
「何食べる?」
そんな何気ない会話が楽しかった。
自分で選び、自分で払う。
そんな当たり前のことさえ、私には自由を感じた。
会社では、私の名前を呼んでもらえた。
頼られる。
感謝される。
ようやく私は、誰かの目に映る人間になれた気がしていた。
すべてが、うまくいっていると思っていた。
でも、私は大切なものを見失いかけていた。
「お母さん、今日ね。」
学校から帰ると、息子は毎日のように話しかけてきた。
私は、「あとで聞くね。」
そう言って夕食の支度を始める。
その「あとで」は、何度も約束だけになった。
最初は、夕食の時間に学校であったことを話してくれていた。
いつしか、息子は自分から話さなくなった。
私は、それを成長だと思っていた。
ある日、小学二年生になった息子の担任から電話があった。
「最近、息子さん、元気がありません。」
「ぼんやりしていることが多いです。」
その言葉を聞いた瞬間、これまでの小さな違和感が、一気につながった。
話さなくなったこと。
ひとりでテレビを見ている時間が増えたこと。
私は、成長だと思い込もうとしていただけなのかもしれない。
胸が締めつけられた。
定時になると、急いで会社を飛び出した。
玄関のドアを開ける。
ランドセルの中身は床に散らばったまま。
息子はぽつんとテレビを見ていた。
「ただいま。」
私は努めて明るく言った。
息子は驚いたように振り返った。
「お母さん、今日は早い。なんで?」
笑っていた。
でも、その笑顔はどこか歪んでいた。
その顔を見た瞬間、この子がずっと我慢していたことに気づいた。
私の目から、涙があふれた。
「サトル!」
名前を呼ぶと、息子の笑顔も崩れた。
「おかあぁさん!」
「早く帰ってきて!」
「ちゃんと目ぇ見て!」
私は息子を抱きしめながら、その場に座り込んだ。
こんなに近くで、この子の顔を見たのは、いつ以来だろう。
「ごめん……。」
「ごめんね……。」
それしか言えなかった。
息子の小さな腕が、私の首にぎゅっと巻きつく。
体温が、寂しさが、胸の奥まで伝わってきた。
毎日、洗濯はしていた。
ご飯も作っていた。
宿題も見ていた。
母親としてやるべきことは、ちゃんとやっているつもりだった。
でも、それだけでは足りなかった。
あの子が欲しかったのは、新しい服でも、おもちゃでもなかった。
私との時間だった。
「あなたを見ているよ。」
そう伝える、私のまなざしだった。
私が必死になっていたのは、息子の世話と、
二人の暮らしを守ることだった。
私は両親に、一人の人間として見てもらえなかった。
けれど私も、息子の寂しさを見つけられなかった。
その夜、私は息子にくっついて布団へ入った。
久しぶりに絵本を読んだ。
久しぶりに笑い声を聞いた。
眠ったあと、その横顔を長い間見つめていた。
安心しきった寝顔だった。
髪をそっと撫でた。
やわらかな髪を、確かめるように。
何度も、何度も。
次の日から、私たちは毎日、朝食と夕食を一緒に食べた。
「いってらっしゃい。」
「おかえり。」
目を見て言葉を交わす。
それだけで、家の空気は少しずつ変わっていった。
息子は学校であったことを、また話してくれるようになった。
ハーモニカを聴かせてくれた。
得意げに国語の教科書の朗読も披露してくれた。
私は、この時間を一生忘れない。
息子が眠ったあと、私はベランダへ出た。
湯気の立つ紅茶を両手で包み、月を見上げる。
静かな夜だった。
ふと、父のことを思い出した。
学校であった出来事を話そうとした、幼い日の私。
父はテレビから目を離さず
「あとでな。」
と言った。
その「あとで」は、一度も来なかった。
あれほど寂しかった言葉を、私は、息子に向けて言っていた。
「あとで聞くね。」
悪気なんて、なかった。
父も、きっと同じだったのだろう。
私がお金で息子を守ろうとして、一番大切な時間を失いかけたように、
父もまた、お金で家族を守ろうとして、一番大切なものを見失ってしまったのかもしれない。
人は、自分が愛されたやり方で、人を愛そうとする。
だからこそ、気づかなければ、同じことは繰り返される。
「ちゃんと目ぇ見て!」
息子のその一言が、私の中で続いていた連鎖を断ち切る
最初のハサミになった。
思えば私は、ずっと誰かに見つけてもらいたかった。
父に。
母に。
私がここにいることを。
見つけてもらえなかった私は、自分のことも見つけられずにいた。
次の日、通りがかった文房具店の入り口で立ち止まった。
自分のためにノートを買った。
誰かに勧められたわけじゃない。
人気ランキングを見たわけでもない。
ただ、そのシンプルな表紙に惹かれた。
そんな理由だけで何かを選んだのは、いつ以来だろう。
家に帰り、ノートを開いた。
真っ白なページが広がっていた。
何を書いてもいい。
誰の許可もいらない。
誰にも否定されない。
子どもの頃の私は、自分の気持ちを話せなかった。
言いたいことより、言ってはいけないことのほうが多かった。
だからだろうか。
真っ白なページを見ていると、長い間しまい込んでいた言葉が、次々とあふれてきた。
悲しかったこと。
悔しかったこと。
本当は言いたかったこと。
全部、書いていい。
書き終えて読み返した。
決して上手ではなかった。
それでも、不思議と嫌いではなかった。
初めて、自分の言葉を好きだと思えた。
毎日、書き続けるうちに、
少しずつ、自分のことを、いいやつだと思えるようになってきた。
気づけば、
私は、自分の一番の友達になっていた。
今夜も私は、息子が眠ったあとの静かな時間に、
ベランダで月を見上げている。
湯気の立つ紅茶のカップを、両手で包む。
ゾウの鎖は、なくなったわけではない。
ときどき、昔のように足首に触れてくる。
でも、もう私には巻きつけない。
私は、自分の言葉を見つけたから。
湯気が、夜の空に、静かに、のぼっていく。
ー終ー
この文章を書くまで、私は長い時間がかかりました。
過食嘔吐をしていた自分。
親に逆らえなかった自分。
息子の寂しさに気づけなかった自分。
どれも、できれば見たくなかった過去です。
けれど、書くことで初めて見えてきたこともありました。
人は、誰かに見つけてもらえなかった記憶を抱えたまま、大人になることがあります。
そして、自分でも自分の気持ちが分からなくなることがあります。
私もそうでした。
もし今、自分のことが嫌いで仕方がない人がいるなら、すぐに好きになろうとしなくてもいいのだと思います。
まずは、自分が何を悲しかったのか。
何を悔しかったのか。
本当は、何と言いたかったのか。
誰にも見せないノートに、一行だけ書いてみる。
そこから始まることもあります。
私にとって、自分の言葉を書くことは、自分を見つけ直すことでした。
そして今、私は「心の使い方ラボ」で、生きづらさや摂食障害、人間関係に悩む方に向けて、私自身の経験と言葉を届けています。
はじめての方へ

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