カフェの片付けをしていた夕方、一本の電話が鳴った。
相手は、次男の担任の先生だった。
「授業中に居眠りが多く、友達とのケンカも増えています。反抗的な態度も見られるので、家庭で何か変化があったかお伺いしたくて……」
その言葉が耳に届いた瞬間、世界の音がすっと消えた気がした。
頭の中が真っ白になり、言葉が出ない。
——ちゃんと、子どもの顔を見てなかった。
——話も、聞いてあげてなかった。
込み上げる涙をこらえながら、「今夜、必ず話をします」と答え、急いで閉店作業を終えて家へと走った。
帰り道、何度も心の中でつぶやいた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
玄関を開けると、ちょうど長男が帰ってきた。
私が家にいることに驚いたような顔をしながらも、無言で弟に図書館で借りてきた絵本を手渡す。
その仕草を見て、胸がギュッと締めつけられた。
——この子もまた、弟を支える“もう一人の親”になっていたんだ。
私は長男に向かって、涙をこらえきれずに言った。
「ごめんね……お母さん、ちゃんと見てなかった……
負担をかけてたよね……」
長男は少し不機嫌そうな顔で、でもはっきりとこう言った。
「弟が寂しがってる。もう、このままじゃ家族の意味がない。
親離れするまでは、ちゃんとそばにいてあげて。
俺も、そっちのほうが気が楽になる。」
その一言に、私はようやく覚悟が決まった。
「明日、お店を辞める。
これからは学校から帰る時間に、ちゃんと家にいられる仕事にする。
もう一度、ちゃんと話して、顔を見て……やり直す。」
少し沈黙のあと、長男はぽつりと言った。
「……ギリギリセーフやな。家族が終わるかと思ったわ。」
そう言って、静かに自分の部屋へと戻っていった。
すると、次男が小さな手で一冊の本を差し出してきた。
「この本、読んで。」
その夜、私はふたりの子どもと並んで布団に入り、本を読み聞かせた。
ただ、それだけのこと。
でも、ぬくもりが戻ってきた。
子どもたちの寝息が重なる夜の静けさの中で、私は思った。
母としての時間を、私はようやく取り戻しはじめたのだ——。
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