【8話:母の背中と、子どもの沈黙】

摂食障害連載小説

カフェの片付けをしていた夕方、一本の電話が鳴った。

相手は、次男の担任の先生だった。

「授業中に居眠りが多く、友達とのケンカも増えています。反抗的な態度も見られるので、家庭で何か変化があったかお伺いしたくて……」

その言葉が耳に届いた瞬間、世界の音がすっと消えた気がした。

頭の中が真っ白になり、言葉が出ない。

——ちゃんと、子どもの顔を見てなかった。

——話も、聞いてあげてなかった。

込み上げる涙をこらえながら、「今夜、必ず話をします」と答え、急いで閉店作業を終えて家へと走った。

帰り道、何度も心の中でつぶやいた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

玄関を開けると、ちょうど長男が帰ってきた。

私が家にいることに驚いたような顔をしながらも、無言で弟に図書館で借りてきた絵本を手渡す。

その仕草を見て、胸がギュッと締めつけられた。

——この子もまた、弟を支える“もう一人の親”になっていたんだ。

私は長男に向かって、涙をこらえきれずに言った。

「ごめんね……お母さん、ちゃんと見てなかった……

負担をかけてたよね……」

長男は少し不機嫌そうな顔で、でもはっきりとこう言った。

「弟が寂しがってる。もう、このままじゃ家族の意味がない。

親離れするまでは、ちゃんとそばにいてあげて。

俺も、そっちのほうが気が楽になる。」

その一言に、私はようやく覚悟が決まった。

「明日、お店を辞める。

これからは学校から帰る時間に、ちゃんと家にいられる仕事にする。

もう一度、ちゃんと話して、顔を見て……やり直す。」

少し沈黙のあと、長男はぽつりと言った。

「……ギリギリセーフやな。家族が終わるかと思ったわ。」

そう言って、静かに自分の部屋へと戻っていった。

すると、次男が小さな手で一冊の本を差し出してきた。

「この本、読んで。」

その夜、私はふたりの子どもと並んで布団に入り、本を読み聞かせた。

ただ、それだけのこと。

でも、ぬくもりが戻ってきた。

子どもたちの寝息が重なる夜の静けさの中で、私は思った。

母としての時間を、私はようやく取り戻しはじめたのだ——

コメント

タイトルとURLをコピーしました