【10話:風が通る午後と、アルバムの整理】

摂食障害連載小説

午後の陽射しが緩やかに差し込む休日、家事をひと段落させて、ベランダの洗濯物をぼんやりと眺めながらお茶を飲んでいた。

静かな部屋には、私ひとりだけ。

かつては、子どもたちの笑い声や足音があふれていたこの空間に、今は穏やかな沈黙だけが満ちていた。

長男は大学を卒業し、自然農の道へ進んだ。

全国の農家を巡り、今では独立を目指している。

「見て、カルガモ農法の田んぼ!」

スマホ越しに届く写真は、どれも生き生きとしていて、あの頃の少年の姿はそこにはなかった。

次男は全寮制の学校に進み、自衛隊の道へ。

帰省するたび、がっしりとした肩幅と凛としたまなざしが頼もしく、

かつてタオルがないと眠れなかった幼さの面影は、すっかり姿を消していた。

子どもたちは、それぞれの道を歩き出した。

今、彼らは“社会”という名の大きな父親に育てられている。

私は、母としての役目を果たした。

だからこそ、これからは一人の女性として、どう生きていくのか——

その問いが、静かに胸に立ち上がってくる。

押し入れの奥から取り出したのは、古いアルバム。

ページが粘着して、ベリベリと音を立てながらめくると、懐かしい写真が現れた。

長男用、次男用、そして自分用の三冊に分けて、丁寧に整理していく。

元夫の写真は、静かに処分した。

子どもたちもきっと、そこに無理して思い出を残す必要はないと、心のどこかで感じているだろう。

アルバムの中には、私の高校時代の写真もあった。

体型に悩み、摂食障害に苦しんでいた頃の、目の奥が笑っていない少女。

もし、あの時に家を出る決断をしていたら——

そんな“たられば”が一瞬、胸をかすめる。

けれど今は、後悔よりも「やり直すチャンスを自分に与えたい」という思いが強い。

過去は変えられない。

でも、今の私が未来を変えられる。

そう信じて、私はまた一歩、進んでいく。

——静かな午後。

カップの中の紅茶が、ゆらりと揺れていた。

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