【第9話:子育ての終わりが、人生の再出発】

摂食障害連載小説

あの夜、布団の中で読み聞かせた絵本のページを閉じたとき。

私は静かに、けれど確かに、人生の優先順位を変えたのだった。

子どもと一緒に朝ごはんを食べ、お弁当を作って「いってらっしゃい」と送り出す。

そして、「おかえり」と言える時間に家に帰っている。

ただそれだけの当たり前の暮らしが、こんなにも温かく、こんなにも尊いものだったと、やっと気づいた。

私はカフェを閉じ、ハローワークに通いながら仕事を探した。

家から近くて、定時に終わる仕事。それが最優先だった。

職務経歴書には正直に、「家庭を大切にしたいです」と書いた。

面接でも、背伸びせずそう伝えた。

そして、家の近くの不動産会社に採用された。

そこは、最悪の上司と陰湿な女子社員がいる職場だった。

でも、不思議なほど心は平穏だった。

彼らの陰口も、ミスのなすりつけも、私にとってはもう“どうでもいいこと”だった。

私は知っている。「帰る家」があって、「守るべき人たち」がいる。

それが、どれだけ私の心を強くしてくれるかを。

毎朝お弁当をつくり、夜は家族で夕食を囲み、休日には小さな楽しみを見つけて一緒に出かける。

そんな日々を何年か重ねるうちに、心の中に静かな満足が広がっていった。

やがて、長男は大学に合格し、他府県でひとり暮らしを始めた。

次男も部活や友達との時間が増え、私と過ごす時間はゆっくりと減っていった。

「あれ……もしかして、子育てが一段落した?」

寂しさと、少しの安心が胸の中で揺れた。

でも、その感情に呑まれることなく、私は気づいていた。

子どもたちは、ちゃんと育ってくれていたのだ、と。

そして、ようやく自分の時間を持てるようになった私は、

今度こそ、「これからの人生」を、心から考えられるようになった。

私は、母としての役目を果たした。

次は、一人の女性として、どんなふうに生きていくのか——

それが、新しい人生のテーマになった。

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