🌸第6話:再会の奇跡と、小さなカフェの始まり

摂食障害連載小説

「小さなカフェを開こう。」

そう呟いた瞬間、思い出した人がいた。


——高校時代の友人、サトミ。

あの頃の彼女は、拒食症の真っただ中。
教室にはほとんど姿を見せず、痩せ細った体と、空っぽのような目をしていた。
誰も声をかけられずにいる中で、私は彼女が気になって仕方がなかった。

当時、私は過食嘔吐に苦しんでいた。
「食べることに振り回されている」という共通点が、サトミとの距離を縮めた。
拒食と過食——形は違っても、同じ苦しみのなかにいるように思えたが、拒食を羨ましいと思っていた。

憧れていたのだ。

「話したい。学校に来てよ」

毎日のようにメールを送った。
最初は戸惑っていたサトミも、少しずつ登校するようになって——
そしてある日、初めての笑顔を見せてくれた。

その笑顔に、救われたのは、きっと私の方だった。

“心って、特別な言葉じゃなくてもいい。


ただ、そばにいてくれる人がいるだけで、癒されるんだ。”

私は、その時はじめて、心の温度を知ったのかもしれない。

そして今——あの頃のサトミに、もう一度会いたいと思った。

同じように摂食障害と向き合ってきた彼女なら、
きっと今の私の「心の奥の話」を、静かに聞いてくれる。
誰にも言えなかったこと——
「自分の身体が怖かったこと」
「太ることが罪のように感じていたこと」
「嘔吐している自分を、どこか遠くから見ていたこと」
そんな私の過去を、彼女にだけは話せる気がした。

「お願いがあるの。会えない?」

メッセージを送ると、すぐに返信がきた。

「明日、うちに来て。」

サトミの家は、地元でも知られる名家。
インターホンを押すと、家政婦さんが出てきて、オートロックを開けてくれた。

久しぶりの豪邸に緊張しながら玄関に立つと、
その奥で待っていたのは、懐かしい笑顔のサトミだった。

「久しぶり!」

まったく同じタイミングで言葉が重なり、ふたりで笑った。

サトミは今、自宅でイラストレーターの仕事をしているという。
摂食障害はまだ完全には癒えていないけれど、家族の支えの中で、少しずつ前に進んでいた。

私は近況や高校時代の話をした。「もう目が覚めなければいい」と思っていた日々があったこと。
でも今は、子どもたちともっと一緒にいたくて、自分の時間を取り戻したいと思っていること。
雇われて働くのではなく、自分の手で生活をつくりたいこと。


そして——


「小さなカフェを開こうとしている」と話すと、

サトミは一瞬驚いたあと

「じゃあ、私が看板の絵を描くよ。
メニューも一緒に考えようか。イラスト入りにしたら、可愛いよね」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。

その夜、サトミはすぐにお父さんに連絡をとってくれた。
貸店舗の相談、立地のアドバイス、開業に必要な情報まで——
惜しみなく力を貸してくれた。

ひとりでは、きっとたどり着けなかった場所。
でも、サトミがいたから、夢が少しずつ現実に変わっていった。

「夢」なんて、ずっと遠くにあるものだと思っていた。
でも、あの再会が私に教えてくれた。

“本気で歩き出せば、人生は動き出す”

カフェの扉は、まだ開いていない。
だけどその準備の中には、これまでで一番やさしい風が吹いていた。

孤独を越えて、心がつながった。
その友情が、私の背中をそっと押してくれている——そんな気がした。

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